シンプルに楽しむ (BG5章17節)
知性を至上主に固定し、
心で至上主の姿を瞑想し、
主のことを聞き唱えること
に専心した時、
無知は完全に消え去り、
二度と戻ることのない
解放が達せられる。
『バガヴァッド・ギーター』5章17節
ヨーガやヴェーダを学んでいると
たくさんの教典があり、
たくさんの素晴らしい聖者がいて
とても自分には極められない
と悲しんだり、
自分の様な情けない人間には
手に取る資格などなかった
など自分を卑下したり。
結果、幸せになるはずに学び始めたことで
自分を苦しめているような気分になり
どこに出口を見出していいか
わからなくなる時があります。
でも。
それは、マーヤー(幻影エネルギー)である
と師匠はバッサリ自分のネガティブなエネルギーを
断ち切ってくれます。
その時に戻るのが
自分が幸運の女神の一部分の
ちいさな魂であるということ。
そこに戻ると、問題が問題でなくなる。
こんなに簡単で、考えることをしなくていいのか。
と思いますが、
むしろ聖者は子どものようであり
その無邪気さ、シンプルさこそがバクティヨーガには
大切であるそうです。
ただただバクティは味わい楽しめばいいもの。
すると驚く様な開放感が得られ
ああ、私は自由だと実感する時があります。
その感覚に戻る練習、これもバクティの修練です。
不要な苦労はする必要はないそうです^_^
ラーデーラーデー
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