哀しみや葛藤からのはじまり(BG 1章44-46節)
ヴェーダから人生のカラクリとカルマを知り、
愛に生きるお手伝いのラーデーラーデーです。
私たちはただ生きているだけで
色々な嬉しいことも苦しいことも
経験します。
ジョーティッシュ(インド占星術)で
お一人お一人のカルマを
ホロスコープ(天体図)から詠むと
必ず苦しむ原因があります。
そして、聖者と呼ばれる様な方々
のホロスコープを見ると
他の人以上に苦しむカルマを
持って産まれていることも多いです。
ヨーガの教典『バガヴァッド・ギーター』も、
主人公の王族の末裔である戦士アルジュナが、
戦場で身内と争わねばならなくなった
葛藤から、物語が始まります。
アルジュナは、苦しみを吐露します。
「ああ、私たちは今、
何という大罪を
犯そうとしているのか。
犯そうとしているのか。
王候の栄華を欲するあまり、
血縁の人々を
殺そうとしているのです。
武器をたずさえた、
ドリタラーシュトラの息子たちが、
無防備で無抵抗の私を
殺したとしても、
その方が、
ずっと吉兆なことのように
私には思えるのです。 」
「サンジャヤ(物語の語り手)
は言った。
『アルジュナはこのように言うと、
『アルジュナはこのように言うと、
悲しみに打ちひしがれて、
戦場の最中に、
弓矢を投げ捨てて、
戦車の床に坐りこみました。』」
(1章44-46節)
私たちにもこの様な経験が、あります。
どうすることもできない
理不尽さ、哀しみと葛藤に打ちひしがれ
立ち上がれなくなった時。
でも。
その様な状況に置かれるからこそ
本当の人生の意味や目的
に向き合い、
教えをこい願おうとする
ということを、このエピソードは
教えてくださいます。
日本でも毎日、出口のない様に
見える
出来事や苦しみや哀しみが
たくさん流れています。
でも、そこから立ち上がろうとする
ムーブメントも起こっていることを
感じます。
私たちも、何かのお役に少しでも立てます様に。
ラーデーラーデー
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